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2023年4月6日木曜日

畑正憲さんの死去を知り、強く憧れ、影響された自分の人生との、強い絆を思いました。

(このところの記事、分かりづらい文ばかりですみません) 


今朝、遅い朝食を食べたあとの食卓で、スマホを見はじめたかみさんが、「畑正憲・・ムツゴロウさん、亡くなったって」と言いました。年齢も近況もだいだい知っていた私は、「ああ、・・・いつか会いたいと思いながら、会わずに終わっちゃったな・・」と返したのですが、、、


高校生のとき、街に一軒だけあった大きめな書店の狭い通路を本を眺めながらうろうろするのが、好きでした。


それがなぜだったか覚えていないのですが、ある日、たくさん並んでいた畑さんの文庫本のうちの一冊、「ムツゴロウの青春期」の文庫版を買って帰り、読んだことをきっかけに、畑さんの著書にはまり、つぎつぎと著書を買って、読みました。


その影響のままに、獣医学科へ進み、・・・


畑さんが北海道で開設した(というか、生き方そのものである)「動物王国」のようななにかを創ったり、自然の中で動物と触れ合う生活に憧れたり、もしましたが、結局、そうした道への一歩を踏み出すこともできず、、、、えらんだ分野での獣医の仕事への熱もあまり感じないまま、やがて病気(双極性障害)になりました。


病気に落ちる直前に知り合い、初発の時期に、しばしば的確な助言をくれた友だちが、「いま改めて読むと、自分が畑さんや著書の、どこに惹かれたのか、本質が分かるかもしれないよ」と言い、確か、また年月が経って病気が寛解したのち、実家の本棚にあったそれを、後年、再読してみました。(憧れて、でも一歩も近づけずに終わった自分、を直視させられるであろうその本を、病気の最中には、開くことはできませんでした)


そのときも、このあと書くことを、分かりはしたのですが、、、、


訃報を読み、数行にまとめられてしまっている畑さんの生き方を読み、、、自分が今朝、畑さんの訃報に触れた意味、もっと自分中心に世界を見れば、今、畑さんが、私の人生への役目を終えて旅立った意味、、、、をうっすら思いながら、自分が畑さんのどこに、惹かれたのか、改めて思い、出かける用意のため鏡の前に立っているかみさんに、話しました。


「親と子どもたちの関係が、うちと似ているなか、親に見切りをつけ、遠方に転居し、自分の感情を大切にし、自活し、徹底的に好きなことをやり、やりたいことをやりたいようにやり、奥さんを大切にし、家族を大切にし、関わる人を大切にし、たくさんたくさん学び、逃げず、つねに本質を見つめ、世間や常識に囚われず、かといって争いもせず、楽しくのびのびと生きてゆく。そういう姿に、自分がありたい姿、を見たのだろうと思う」


今朝の寝起きに、このところ起きていたたくさんの出来事や気づき、なかでも、昨日の、自分の中心にあった感情への気づき、が、自分のこれからの人生に、どう作用するのか、どう変えるのか、、、を思った時、、、(途中はしょります)自分が自分を中心にして生きていなかったことを、初めて、自分の体感、納得、あるいは客観視、として、自覚しました。


高校生のときに畑さんに惹かれた、その本質は、世間でいう「自分軸で生きる」、だったのだと、いま、体ごと、分かりました。


そして、振り返ると、とあるものを書きたい、という、自分の人生に現れたど真ん中一本のためだけを見れば、憧れた畑さんのように、この十五年、生きてきていると、・・・まだ上梓もできていない、道半ばではあるけれど、でも、前々回の記事のとおり、そこへ至る道はすでに見えている段階まできていることに、大きな喜びと安堵を覚えました。


畑さんの人生とは現実にはまったく交差のない、私の人生での、私の思いでしかありませんが、畑さんの人生が著書を介して私に生きる方向を見せ、後年、具体像としてはまるきり別の形ながら(‥‥あれ? 生き様を書く、という意味で、一緒じゃん!?!? ←見直していて気付く)その生き方へと私は人生を修正し、昨今になり、その生き方、あり方を、もっと中心的というか、より深い方というか、、、の修正も進め、、、なんていうか、、、中心にある姿勢、あり方、憧れた本質のそこ、を生き始められる、歩めだせた、と感じたその朝に、畑さんの訃報に触れたことに、、、


自分にとっては、自分の生きる方向を教え続けてくれた、ガイドだったなと、、、、


お会いするビジョンは叶わなかったけど、作家と読者の、最高の関係であったなと、、、、


自分がいつか、今度は自分が作家という立場として、誰かの人生と、我しれず、よき関わりを持てるビジョンを今度は夢見て、、、、


自分らしいと自分で思え、納得できる、日々を、自分で選んで、歩んでいきたいと、思いました。


(振り返ると、もっと多くの、共通の生き方を、自分はしてきていることが分かります。似たところがもともとあったのでしょうし、強く影響されてもきたのでしょう。自分の一冊目が世に出たときに、それを差し上げることで、お礼としたかったのですが、間に合いませんでした)


2023年4月5日水曜日

病(双極子性障害・双極症)からの卒業

 今朝、前々職の上司が怒りにまかせて(部下の)誰かを殴ろうとしているのを羽交い締めにして止めたり、なぜか「嵐」の二宮さんが(やはり男性アイドルの)誰かに盛大に殴られてすっとんでいったりするなどの、暴力的な夢を立て続けに見て、、、目が覚めました(二宮さんと男性アイドル、は、別の人だったかも)


布団の中の自分の、気分はロー、体感もローで、この一月から連鎖的に生じていた気づきの嵐を、・・そもそも軽躁の力を使って起こし、維持し、乗り越えた、それが終わって、今日からしばらく、鬱の波に沈むのだろうと思いました。


明日からの予定が明後日からに延期になったとはいえ、楽しみにしていた旅はすぐ。なのにロー突入、、、でもまあ、ローはローなりに楽しむか、、、と思いながら、、、目覚めたついでにトイレ立ち、、、ふと、今あるローが、このところ、これまでの人生にあった主要なトラウマの再現のように、今ここのものとしてトラウマ体験を(これまでとまるで違う姿勢で)生き直している、自分にあった体感として、意識が向き、それが、主に育った家庭の中で家族に対して感じ続けていた、体感としても感じられ、不意に、それを表す「言葉」が、でてきました。


その、初めて自分なりの言葉が付いた、言葉と体感のセットに、すごく、納得感がありました。


その体感と言葉は、それを受け入れると、直視すると、自分が、自分を支える存在(のはず)の家族関係が、崩壊することを、自分はどこかで察し、病(双極性障害・双極症)という、守りも攻めもエネルギーの強い、厚いコンクリート壁の長いトンネル、のような手段を使ってきたのだなと思い、それに不意に直面した自分は、このあと大きな感情が湧き出て、泣き崩れて、しばらくは寝て暮らす、、、のかと身構えた(期待もした)のですが、、、、


思いがけず、現れたのは、(これまでの人生になかったような)静かな体感、、、、「地に足が付いた」感覚でした。


ひるがえって、ここまでの人生、自分が、見るとまずいものを見ないため、ハイテンションに走り回っては、疲労に沈み耳目を閉じていたことが、分かった。


その、不思議な、、、興奮が生じないばかりか、始まったばかりの、ローまでもが、消えた体感。


私にとっての、双極性障害(双極症)という名で括られる「症状」あるいは「状態」は、その体感を直視できる自分になるまで、自分を、(自分が思い込んできたままの、生家の)家族関係を、それらのイメージを、守ってきたのだなと、改めて思い、、、、つまりは、双極性障害が、病という手段が、私にはこれで、要らなくなったのだなと、思いました。


このところの「気づき」について、それらが正しい内容、つまり来し方と現状の、正しい把握、であったとしたら、生きている世界が実際に変わってゆくだろうという予想(それはそうなり、正しさが証されました)のように、これが


・・・と書いていたら、遠くに住む家族からラインが入り、上のことについて、短くやりとり。


その温かい言葉に、あっさり、泣き崩れました。


記事を書きながらパソコンから流していた「鬼滅の刃」関連の歌を、スピーカーからイヤホンに変えて、改めて聴きながら(かかっていたのは「竈門炭治郎の歌」)、滂沱に打ち震え。そのまま「紅蓮華」に突入しようとしましたが、、、、尿意に負けて、、、用足しして戻ると、(自分が、今の家族の長年の助力で、みな一緒に、)トンネルを抜けたことへの、自賛と喜びに、ガッツポーズを繰り返しながら、また泣きました。



はー。。。



なにを書きかけてたんだっけな。。


まあなんか、そんなです。


あ、思い出した。これが、浮かんでいるイメージ通り、長いトンネルの先に、会場までの夜道のアプローチが一年続いた、花火大会の、三ヶ月続いた盛大な打ち上げの、最後のひと花だったとしたら、今日を境に、現実と内実のギャップをやりくりするために飲んできた向精神薬も、要らなくなるだろうなと、思います。まあ、なにか新しいことをするときは、薬を変えない、が(通っているクリニックの先生の)セオリーなので、旅の間は飲み続けるかもしれませんが。


昨日書いたばかりの、原稿キリまできたよ! のあと、こんな、どこか似た内容の記事を、書くことになるとは思いませんでした。


そして最後に残ったのは、今日もまた、支えてくれた人たちへの、深い感謝です。


生きていて良かった。


自分もそうなりかけたように、本質の似た旅路の途中で命を断った、たくさんの人の、無念に、改めて思いが馳せられ、今生きてトンネルを歩いている人たちへの、いろいろな支えの一つになる本を、提供できるよう、これからも、楽しみつつも頑張って、原稿を書いてゆこうと、思いました。


2023年4月3日月曜日

双極性障害(双極症)の再発で精神科病院の閉鎖病棟へ入院した体験をモチーフとした・・・

長いタイトル。。

投稿できなかった日数も長い。。


そしてそして。

なんだかもう、「なんだこりゃ!」的な、めくるめく激動の日々の中、原稿関連の作業だけは静かに集中してやれていまして。


そしてそして!


一昨日の夕方に、全編の改変作業が、とりあえずの段階までですが、終わりました!


やっとここまで来たか〜、という感慨は、こんどの週末がらみで出かける家族旅の前に区切りまできた、、、、という意味のでの思いだったのですが、、、、


なんだか思いがけずジーンときて、、、ああ、「書くんだ!」と思い立ってから、15年、、、その途中に、執筆を挫折し、死のうとした「谷」を挟み、、、でも結局そこから、新たな作品を書き始め、、、やっと、1作目の完成が、あとは枝葉を整えるまでの段階まで来たのかと、、、思ったら、、、、涙やら叫びやらガッツポーズやら震えやら、、、、生き抜いたことへの喜びやら、、、、苦しかったこと、頑張り続けたこと、など自分へのねぎらいと称え、、、そして、おかげでここまで来られた、支えてくれたたくさんの人たちへの、感謝やらで、、、、


脳内再生される宇多田ヒカルさんの曲をパソコンで選んでは流し、すぐに報告したい友だちたちにメッセージを送ったりもらったり、、、もしながら、、、興奮の滂沱が止まって時間を確かめると、泣き始めから30分あまりも経っていました。


これまでの記事で少し触れましたが、1月から2月にかけて、大きな気づきの連鎖がありました。気づいたことでの大波も過ぎ、気づきが本物であるなら、現実が、変わったり、新しいなにかが起きたり、するだろうなとは、思っていましたが、、


そしてその通りとなったのですが、予想を超える、、、というか、「あまり大きなできごとはしんどいのでなしにして、小さいものからゆっくり穏やかに、進めてください〜」と(名のない)「かみさま」にお願いしていたのに、それでもこれか! と思える大きな出来事が、あれこれ起きて、、、


簡単にいうと、私の人生を大きく歪めるに至った源である、たくさんのトラウマ体験の、ど真ん中を、やり直すようなあれこれと対峙していたのですが、、


その全て、ざわつく対象たる人(との関係)や出来事が、原稿の進捗、完成、世に出すこと、に比べたら、どーでもいいこと!と、改めて思えました。



ほっとし、疲れが出て、昨日は終日、ほとんど眠っていました。

今日から数日の休養と用意を経て、家族旅へ。

手放しで、楽しみです。



15年前の執筆開始から、たくさんの人に、支えられて、ここまで来ました。


このブログを読んでくださっている方々の存在も(挫折したときに閉鎖したブログ『あ、ひらおよぎ』の、このブログよりずっと多かった読者の方々の存在も)、書くこと、読んでもらうこと、を目指している自分には、大きな支えになっています。


しかし、、、泣いた(笑)

あんなに喚いて泣き続けたのは、、、、いや、悲しい涙としては、この病気になってからの年月、繰り返し、あったなぁ〜。。


嬉しくて嬉しくて泣いたのは、いつ以来だったのだろう。



まとまりませんが、ここに至れましたこと、感謝を込めて、報告を。


旅から帰ったら、まだたくさんある落穂を拾い、出版への進め方、進む道、を検討し、書店で、自宅で、多くの人に手にとってもらえる日を目指して、また頑張りたいと思います。


感謝。


2021年7月14日水曜日

上野千鶴子さん『女ぎらい 〜ニッポンのミソジニー』。ジェンダー・ミソジニー・家父長制と、双極性障害(躁うつ、双極症) その1

 フェミニストの友だちにフェミニズムを学ぶ一推しの本を紹介してもらいました。


上野千鶴子さん(東京大学名誉教授)『女ぎらい 〜ニッポンのミソジニー』

2011年発刊の単行本に「2本の論考を新たに追加した」2018年の文庫版で読みました。


「フェミニズム」も「ジェンダー」も、生活の中で用語や思想を耳目にし、その友だちにも折にふれて教わったり無自覚な思い込みに指摘をもらったりしてきましたが、思えばここまで特化した本を読むのは初めてでした。


文章が論理的で上手で読みやすいながら、内容は濃くて難しくて浅くしか理解できてませんでしたが、、、なんていうか、、、かなーり、今後の人生に「効き」そうな予感です。


このブログの中心的なテーマ、わたしが苦労している「双極性障害(躁鬱病、双極症)」との関連でいえば、この病も、まさに「家」「家族」「夫婦」「男」「女」などのあり方をめぐる社会通念(それを自分の中に取り込んだもの)と、本来の自分の(脳の)自然なあり方、の食い違いが、一つの大きな原因だと思うのです。平たく言えば、生きづらさ。そこに、改めて気づかされた。問題のありかが分かることは、解決の手がかりを得る、一歩になる。


別の個人的なテーマで言えば、認知症の父を見送った体験をもとにした小説を書きたいと思いながらも、切り口というか視点というか、それに気づいたからこそ創作する価値が自分のうちに生じるというような独創性が、・・それは体験のなかにあると感じていながら、明らかにできずにいたのですが・・・見つかった。


読書を通じ、教師でもある上野さんのいわば「教え」の、具体的なあれこれにも、暗がりを照らされた思いを得ましたが、単行本初版から7年経っての文庫本の「新たに追加した2本の論考」と「文庫版あとがき」を読んで、学問が社会を、政治を、人々の暮らしを、人生を、良い方に変えてゆく力となるのだなということを改めて知り、ハッとしました。


いや、学問て、本来そうあるべきものですよね。ていうか、そうでない学問なんてありえない、、、はず。


神田橋條治医師が学問について触れた言葉に、「学んだことでより自分らしい人生が拓けるのが学びの本当だ」(どの本にあったのか思い出せず、自分の中でいま作った似せ(ニセ)の言葉ですみません)というのを読んだときの、ハッと体験を、思い出しました。


翻って昨今の、コロナやオリンピック・パラリンピックをいわゆる試金石として顕れた、たくさんの地金。


変える術を持たないからと見ぬふりして過ごしてきたそれを目の当たりにさせられ、うんざりし、でもこれでもまだ諦めて終わりにせねばならないのかと、やるせない気分にいる、人々。わたし。


「現代社会」の中で病気になったと分かり、でも治療を受け養生し戻ろうと目指す社会が元の社会であることに、圧倒的な無力を感じる、社会的な病でもある精神疾患罹患者のわたし。


そこになにか、元からあったのに見えていなかった希望の光が、見えたように思いました。


・・たぶんつづく🐥


(双極性障害との関連についての考察に収束するつもりで書き出しましたが、思わぬ方へ論が進みました。消して書き直そうかと思ったけど、これはこのまま「その1」として残します)



2021年6月6日日曜日

セカオワ Fukaseさんの、「閉鎖病棟」入院「告白」

 

休日の朝食を終えてまったりしいたら、おくさまがいま、


「今度はセカオワFukaseさんが閉鎖病棟入院していた過去をテレビで告白だって」


と。


「ブログブログ、いますぐ書いておいで」

と。。😂


SEKAI NO OWARI」のことも、Fukaseさんのことも、テレビなどで出ていれば見たり曲を聞いたしりしていますし、友だちの一人が長いこと熱烈なファンでもありますが、自分にとってはいわゆる普通の芸能人、のくくりでした。


が。


急に親近感を増しました!


みんな、苦労しているんだな〜。

そして思えばその友だちが熱弁していたように、若くして独自の世界を築いている背景には、そうした辛い体験があってこそ、なのだろうな〜。。


・・と思っていたら、


「精神科の病院に入院するのは、繊細な人が多いだろうけど、そういう人って、適した場を得られると、こうやって豊かな才能を発揮できるんだね〜」


おくさま、なかなかいいことを言う✨


いま最終章の改稿を続けている私小説が、まさに閉鎖病棟入院生活を描いたものです。

「僕もきっと世間でそう言われるようになりるね!」

と、、、言って否定されるのを恐れ、ひとり胸の中で思いました😅


「こないだの大阪なおみさんやリトグリ芹那さんのネット記事でもそうだったけど、やっぱり「告白」扱いだね」

「そうだね。あなたも閉鎖病棟だったけど、入ってみると普通の入院、って感じなのにね」

「まあ、ストレスケア病棟はね。急性期の方は重かったけど」

「ああそうか、両方あわせて閉鎖病棟だったか」


こうしてまた有名な方の精神科系の不調の体験が公表されることで、同じ苦しみをもつたくさんの当事者や家族の気持ちが楽になるのかなと思います。そして自分の作品が世に出てその一助となれるよう、励む動機が、新たになります。


ついでに「告白」するなら、こうしたことがオープンになってゆく時代の流れのわりと初めの商品として、作品の出版が間に合ったらいいなと、、、


マーケティング的なことを考えました😄💴


(追記:ブログを書いたあとで検索したら、2010年の日付のFukaseさんへのインタビュー記事で、不調や入院について語った言葉が載っていました。他にも自身のSNSで語っていたり。なのに今も扱いは「告白」なのですね〜)


2021年4月22日木曜日

執筆十数年にして・・ 精神科閉鎖病棟を舞台にした小説の完成形が望めてきました

 

基本、気が短いと自認している私の、気の長〜〜い話。


双極性障害の初発の「終わり」は、あることを人々に伝えることが使命、とのさとりとともに訪れました。


・・・でも、どうやって?


思ったすぐあとに、「あ、書くだ!」と、納得しました。


それから机に向かい続けて十数年(長っ💦)。


はじめに手をつけた、一応は「完」まで書けているひとつめの物語は、いろいろあって、眠っています。


今やっているものは、二作目。精神科閉鎖病棟を主たる舞台にした小説。


「一応」書き終えたあとの、長い長い編集のタタカイを、知り合いご夫婦の編集協力と友だちたちの応援をいただきながら進めています。


そして昨日。

最終章の編集の方向性が定まり、物語の完成形が、見通せました!


面白い、、、、、ものになるといいな。


自分にとっては面白いものになってきたけれど、人さまが読んでくださった時に、どう感じ、なにを考え、どんな形で、人生をより納得するものとするための糧になるのか。


これまで雲の中に隠れていた山頂を含めての、登っていた山の全景がやっと見えたというだけで、まだまだ道は遠く険しいですが、読んでいただける日が楽しみになりました😍✨


2020年12月7日月曜日

白内障、神経症・心身症、放火と消火(マッチポンプ)の夢

今朝方、こんな夢を見ました。

(のちに創作に生かすときの備忘録を兼ねて、本論と関係ない部分まで記しています)


****
コースロープが張られた広い室内プールで、競泳の合宿をしているらしい中、私は、旧友が泳いでいるコースに加わる。

バタフライをする私。

やがて旧友の姿が見えなくなり、端のコースに移ったように見えたので自分も移ったが、そこには彼はいなかった。

プールサイドにいた旧知のコーチと話す。「このプールはスキーもできて・・・」

プールに接する別室のような場所が、人工雪を使った滑走用の小さな斜面になっている。幼い頃、親に連れてきてもらい、ここでスキーもしたことを思い出しつつ、コーチと話す。

旧友が元のコースで変わらずに泳いでいたことに気づき、戻って自分も泳ぎ出す。(クロールに変えて?)

トイレ(?)に行き、戻りつつ、そろそろ泳ぐのをやめて帰ろうと思う。合宿で使っていた布団を畳んで、駐車場からのアクセスの良い場所(の、他の人の布団が既に同じ目的で置かれている上)に置く。

合宿の終わりのささやかな式。学生時代の後輩の姿を認める。

更衣室を探すが、女性用はしっかりと分かるものの、男性用が分からず。迷い込んだ女性用更衣室を経て廊下をうろつき、そこここにある、それと表記のない更衣室が、男性(も使用できる)用と知る。

更衣室を周囲に配置して広がるスペースが広大となり、ロッカーなどが現れる。

(ロッカーに貴重品を入れる?)

すみの方で、男性が二人(? 中年と若者?)、プールの施設を燃やしてしまおうと策略を巡らせている様子を察知する。

男性の一人(中年)が、木くずのような、可燃物の大きな山を前に、火をつけようとしている。

私は消火用の設備があることに気き、床面の収納スペースに畳まれたホースを伸ばそうと思うが、どうやっていいのか分からず。

消火器を探す。体育館の用具室のような、小さく薄暗い部屋に、多数の消火器を見つけ、2本を手にする。種類の異なるそれらの(うちの1本の)、レバーの安全装置の仕組みを急いで見てとり、操作を頭に入れる。

男性の背後、ほど近くにいる女性(私の知っている人だったが、目覚めてから、誰と思い出せず)が、男性の行為に気づいたのを、男性が気づき、慌てて可燃物の山に突入するようにして火をつける。

女性が私に、消火器を放るように叫ぶ。私は応えて、そこまでの長い距離を、床を滑らせるようにして届ける。

男性が、火が拡がり始めた可燃物に今度は灯油を撒き、自身もそれを被り、火だるまになりかける。

(女性と)私が消火器で放水する。

完全ではないが火は消し止められる。男性も、服が焦げただけで、無事のよう。

****


目覚めて、最も印象が強く残っていた、「消火」について、夢の内容としてはどう解釈するのか、例をネットで探しました。

たくさんの解釈を眺めているなか、ふと、腑に落ちる物語が得られました。



@@@@

白内障の手術を受けることで最も怖かったのは、手術自体ではなく、術後に、何かしらの違和感が残り、それに取り憑かれて、いわばノイローゼになることでした。

それが怖いがために、より信頼できる医師を求めて、月日を消費した。

そして、信頼できると感じる医師に出会え、手術を受け、手術も、(医師が)選んだ人工眼内レンズも、納得いくものだったと思えた。

と、、、安心したら、元の、違和感に取り憑かれる恐れに、、、取り憑かれた。

@@@@


実態のないお化けに取り憑かれていることに気づき、そこから脱しようと思っていた中で見たのが、今朝の夢でした。

夢は、私が、自分でつけなければ燃え上がりはしないたくさんの可燃物に、自分で火をつけ、自らも火達磨になろうとしつつあったことを、そして(今回は)、自分でそれを消火しようとしていること、さらには消火・・少なくとも鎮火を、できたことを、無意識の私は知っていることを、、、物語ったのだなと感じました。


面白い!😻


夢はどうとでも「解釈」できますが、腑に落ちる物語を得られたこと、イコール、私の無意識から意識に、何かしらのメッセージが伝わった、ということだと思います。

物語を得て、私の体感は変わりました。起きていることの全体像が見え、「妄想に基づいた別の病気(眼科医の言葉)」への歩みは、なりを潜めた(消火しきれてはいないけれど)ように感じました。


双極性障害と同様、白内障の体験は、決して愉快なものではありませんが、体験の中で得ることもまた、多いです。


白内障の体験も、いつか文章に残したい、体験記だか小説だかに昇華したいなと、思います📚


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