2022年10月10日月曜日

内面が変わると世界が変わる、という体験

うまく伝えられる自信もコンパクトに書ける自信もありませんが、今の気持ちを書いておくことも、なにかに資する気がし、書いてみます。


このところの記事で書いているように、バルプロ酸を追い飲みして、やるべきこと、をこそできなくして、それでもやりたい、やれること、だけをしている日々。


昨日、とある趣味の、どうしても行きたい、楽しみにしている定期会合に参加し、そのあとで、避けていた実家に寄る気になり、実際に寄りました。


終えて自宅へ帰る車内でのこと。

それら両方の場所で、自分の気分が、在り方が、これまでと違ったことに、気づきました。


感じたことや思ったことを言うのに伴う吟味やためらいが薄かった。・・ていうか、、


これまでになく、寛いで喋って動いて、疲れが薄くて楽しかった。・・ていうか、、


うん、「解離」している感じがほぼなかった。


一言で表すなら、「気楽」だった、かな〜


気楽で、楽しかった。



ここ二年ほど母への反抗期にいたのでは、と気づいたのが、半年ほど前。

それにより急に生きやすくなるかと思ったら、それから、長い停滞に入りました。


その停滞を「うつ状態」と思っていたのですが、、、


これまでやってきたことのあれこれなのに、なにも決められず、気力が湧かず、できない。その外見上は「うつ状態」に良く似ていながらも、どこか違う。もしかしたらこれは、「母」から「自分」へと、言動を選択するときの拠り所とする価値基準や、幸せにする対象の優先順位の、変化の作業を始めた脳が、何十年も使ってきた情報の繋がりの組み替え作業をしたり、自らの欲求に基づいて生きていなかった長い年月に蓄積していた疲労を癒したり、している、見えない作業と休養の期間なのかも、、、、というような、、、、希望的な思いが生まれ、、、それはやがて少し、「予感」に変わっては、いたのですが、、


それらの思いや予感が「正しい」のではと、信じる方向に、ぐんと進めた、体験でした。



人と会っていて、のびのびしていられた自分。



最ものびのびできる場所であるべき家(族)の中で、常に危険の兆候を察し、親の機嫌の行方を推測しながら、自分の言動をコントロールしてこなければならなかった、幼い頃からの自分。


その体感を世界に映し出して生きてきた、自分。


今朝目覚めて昨日の体験を思い出した時に、人生であんな時間を、あんな自分を、過ごせたことに、感動を覚え、多くの人にとっては子ども時代からそうである、当たり前の状態ではあろうけれど、この人生でここに至ることができたことに、深い幸せを感じて涙が流れ、ここに至るまでを抱えてくれた周りの人たちの存在に思い至り、感謝を新たにしました。


・・・ああなんか、やはり、文字にすると、体験の味わい、豊かさ、がまるで表現できませんが、、、


なんかね。

革命だったのです。

これからの人生、楽で楽しい時間が増えるであろうことを、予感し始めたことも含めて。


すんません、こんな文で😅


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