漫画を読むのが好きです。
いくつかのシリーズは購入していますが、ほとんどは貸本屋で借りて読んでいます。
しかし、、、たくさんの人の手を渡った漫画本たちの発する、濁った気のようなものが、、、苦手です。苦手というか、嫌。
でもいちいち買うのも高いし、、、と、新刊本の貸し出しが解禁される曜日の、陳列時刻を狙って、店に出向いたりもしてきましたが、、、それも不自由。。そしていつ訪れるにしても、貸漫画コーナー特有の「気配」からして嫌で、いつも体感に蓋をして、出入りしていました。(あくまでわたしがそう感じているだけです)
気が向かない、体が動かない、ことを、どれも「やれない」日々が続いていたら、それらはみな「やりたくない」ことだったと気づいたと、少し前の記事に書きましたが、、、
この一ヶ月半ほど、あれほど通ってきた貸本屋に、漫画を借りに行けていないことに気づき、、、それはつまり、借りに行きたくなかったのだなと、改めて思いました。
神田橋條治医師の著書の、「コツ」シリーズのうち、「養生」に的を絞った本は、はじめの「精神科養生のコツ」から、直近の「「心身養生のコツ」補講51〜104」に至るまで、4冊あり、それとは別に「神田橋條治が教える 心身養生のための 経絡・ツボ療法」という本があります。
それらを読んできた中で感じる変化(神田橋医師の変化による記述内容の変化と、わたしの変化による受け止め方の変化、が合わさっているでしょうが)は、「気」というものが、指標としても手段としても、より中核となった、という点です。
「気」・・・
気、気分、気配、雰囲気、気持ち、気になる、気にする、気に障る、気を遣う、陽気、陰気、悪気、、
「気」を用いた言葉はたくさんあり、それらはどれも、明確には姿が見えないけれど、なくはないと誰もが分かっている、ものたちですよね。
精神的な病になっている人たちは、それらを我慢し、耐え切れなければ無視する暮らしを、長いあいだ続けざるを得なかった結果、気が滅入ったり、気が昂ったり、、、など、言葉はきついですが「気が狂った」状態に、なっているのだろうと、自分の体験から想像します。
そこで必要なのが、生体内外の「気」を、整える、清める、爽やかにする、静める、、、こと。
そのために必要なのが、気を感じられるように戻ること。
そのために有用なのは、あるかなきかに感じられる気を、あるものとして、大切に扱うこと。
てことなのかなと、思います。
双極性障害と呼ばれている機能の本質が、前回の記事に書いたように「増幅」だとするなら、気を整えた結果もまた、大きく顕れるだろうとも、思うのです。
てことで、、、とりあえず、今日も貸本屋へ出向くことを、やめてみました。
・・でも、、、あれこれやることも、双極性障害の人の養生のコツだからなぁ〜。。
工夫、創造、は、バルプロ酸が効くわたしには養生になると、神田橋医師に言われた。
どれも諦めず、きれいな漫画を安く楽しく読める手段を、探してみようと思います。
(「精神科養生のコツ」の「大幅改訂版」です。精神科の病について「精神科養生のコツ」にあった分かりやすくて有用な解説が、なくなっているのが残念です。「まえがき」に「その理由は、現在の医療で使われている診断名が客観的すなわち誰でも納得できる「見かけ」で付けられているので、本質を推測して診断する昔の「フィーリング診断」をいまも行なっているボクの助言では、みなさんに誤解を与えて、かえって治療や養生の邪魔になることを恐れるからです。」とあるのですが、、、改めて読むと、痛烈な皮肉が含まれてますよね)
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